ダイナガリバーの逸話の続きと代表産駒 

ダイナガリバーが東京優駿(日本ダービー)を勝った時に境調教師が
全氏に対して「あの馬は松山師の所に行ったから勝てたんだよ。
私の所に来てたら勝てなかったよ。」と言いました。

しかし、後に境調教師は全氏の死後に書かれた著書の中で「今だから
言えるが完全な負け惜しみだった」と書いています。

有馬記念での口取り写真にはこの有馬記念で引退します同じ馬主の
有馬記念の2着馬のギャロップダイナと2頭で記念写真を撮影しました。

1989年産{1}ナリタタイセイ{NHK杯、皐月賞2着}
1990年産{1}テスコガリバー(阪神障害ステークス(春))
1991年産{1}インターライナー(日経賞)
{1}ゴーイングスズカ (目黒記念、福島記念、福島民報杯)
{2}ファイトガリバー(桜花賞、優駿牝馬(オークス}2着}
1995年産{1}アローセプテンバー(マイルグランプリ、東京シティ盃)

以上の産駒がいます。

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