ネーハイシーザーの引退後の種牡馬生活
ネーハイシーザーの競走馬引退後の初年度は種付け料が無料ということもあって
83頭の繁殖牝馬を集めました。
しかし、翌年は50万円の種付け料を設定しましたところ種付けの数は13頭まで
激減しました。
ネーハイシーザーの初年度産駒からヒマラヤブルー(巴賞、東京スポーツ杯3歳
ステークス2着など)を輩出しました。
ネーハイシーザーは2001年には種付け数を35頭まで増やしましたが、しかし
翌年の2002年には9頭まで減少しています。
さらにネーハイシーザーの種付け数は減少し2004年には種付け数無しとなり
2005年にはネーハイシーザーは種牡馬を引退しています。
次に種牡馬引退後のネーハイシーザーについて書きます。
ネーハイシーザーは種牡馬生活引退後は乗馬にはならないで、産まれ故郷の
北海道浦河町の大道牧場で余生を送っているため、2008年現在も虚勢は
されていません。
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